相続を見据えた計画的な生前贈与:主要なポイントと注意点
相続税の負担を軽減し、資産を円滑に次世代へ引き継ぐために、生前贈与は非常に有効な手段です。
ここでは、計画的な生前贈与を行う上での主要なポイントと、特に注意すべき点について詳しく解説します。

1. 生前贈与の基本的な考え方とメリット
生前贈与とは、財産を持つ人が生きている間に、無償で財産を贈与する行為を指します。主なメリットは以下の通りです。
- 相続税の軽減: 生前贈与によって相続財産を減らすことができ、結果として相続税の課税対象額を減らし、将来の税負担を軽減する効果が期待できます。
- 財産の有効活用: 余裕資金を、子世代の教育費や住宅購入資金など、必要な時期に前倒しで引き渡すことで、資産をより有効に活用できます。
- 財産の承継先を自由に指定: 法定相続人に限らず、贈与者が自由に財産の承継先を決めることが可能です。
2. 贈与税の課税制度と令和6年度税制改正のポイント
贈与には「暦年課税」と「相続時精算課税」の2つの制度があり、受贈者は贈与者ごとにいずれかを選択できます。令和6年度税制改正により、これらの制度に大きな変更がありました。
1. 暦年課税
- 制度概要: 1月1日から12月31日までの1年間に贈与された財産の合計額に対して課税されます。年間110万円の基礎控除があり、これを超える部分に累進税率が適用されます。
- 生前贈与加算期間の延長: 令和6年1月1日以降の贈与から、相続開始前3年以内の贈与が相続財産に加算される期間が7年以内に延長されました。ただし、延長された4年間に受けた贈与については、総額で100万円まで加算対象外となります。この改正は、実質的な増税と捉えられることもあり、対策の重要性が増しています。
- 対象者: 暦年課税は、年齢や直系卑属か否かに関わらず、誰でも選択でき、子の配偶者や幼い子・孫など幅広い人に贈与が可能です。ただし、相続または遺贈により財産を取得しない孫や子の配偶者などへの贈与は、7年加算の対象外となります。
2. 相続時精算課税
- 制度概要: 原則として60歳以上の父母・祖父母(特定贈与者)から、18歳以上の子・孫(受贈者)への贈与に適用されます。贈与時には累計で2,500万円までの特別控除が適用され、贈与税は非課税となります。2,500万円を超えた部分には一律20%の贈与税が課されますが、支払った贈与税は相続時に相続税から控除または還付されます。
- 基礎控除の創設: 令和6年1月1日以降の贈与から、年間110万円の基礎控除が新たに創設されました。この110万円の基礎控除部分は、相続発生時に相続財産に加算されません。これにより、相続時精算課税制度の利用促進が期待されています。
- 被災財産の再評価: 相続時精算課税で贈与された土地や建物が、贈与から相続税申告期限までの間に災害によって一定の被害を受けた場合、相続税課税時の評価額が贈与時の価額から被災価額を控除した残額に再計算される特例が設けられました。
- 贈与時の価格固定: 相続時精算課税を選択した場合、贈与された財産の評価額は贈与時の時価に固定されます。将来的に値上がりが予想される財産(例:上場見込み株)を贈与する際に特に有効なメリットとなります。
- 暦年課税との併用不可: 一度相続時精算課税を選択すると、同じ贈与者からの贈与については暦年課税に戻すことはできません。ただし、別の贈与者からの贈与は暦年課税を選択できます。
暦年課税と相続時精算課税の相違点
| 項目 | 暦年課税 | 相続時精算課税 |
|---|---|---|
| 制度の目的・趣旨 | 相続税の補完税として位置づけられ、相続税の課税回避を防止し、資産の再分配機能を確保することを目的とする。 | 生前贈与を促進し、早期にまとまった資金が必要な子や孫への贈与を可能にする。高齢者から若年世代への資産移転を促進し、資産の有効活用を図ることを目的とする。相続税と贈与税の一体化を図る。 |
| 贈与者(あげる人) | 条件なく選択可能。 | 原則として贈与の年の1月1日現在で60歳以上の父母または祖父母(特定贈与者)。 |
| 受贈者(もらう人) | 誰でも選択可能。直系卑属か否か、年齢に関係なく、子の配偶者や幼い子・孫など、様々な人に贈与が可能。 | 贈与の年の1月1日現在で18歳以上の贈与者の直系卑属(子・孫など)である推定相続人または孫。※ただし、住宅取得等資金の贈与では18歳未満の受贈者も対象となる場合がある。養子の数に関する制限はない。 |
| 基礎控除 | 毎年110万円。 | 2024年1月1日以降の贈与から毎年110万円の基礎控除が新設。この110万円の控除部分は、相続時に持ち戻し不要。 |
| 特別控除 | なし。 | 基礎控除(110万円)とは別に、累計で2,500万円まで特別控除がある。110万円までの贈与は特別控除2,500万円の対象外となる。 |
| 贈与税の税率 | 贈与財産の額に応じた超過累進課税。18歳以上の子・孫(特例贈与)とそれ以外(一般贈与)で税率が異なる。直系尊属から18歳以上の者が受ける贈与は特例税率で優遇される。 | 特別控除額(2,500万円)を超えた部分に対して、一律20%の税率が課される。 |
| 贈与税申告の要否 | 年間110万円を超える贈与は申告・納税が必要。 | 毎年110万円までの贈与であれば、贈与税の申告・納税は不要。ただし、相続時精算課税選択届出書の提出は必須。 |
| 選択の撤回 | 相続時精算課税を一度選択すると、暦年課税には戻れない。 | 一度この制度を選択すると、撤回できない。 |
| 他制度との併用 | 別の贈与者からの贈与であれば、相続時精算課税と併用が可能。 | 同じ贈与者からの贈与については、暦年課税との併用はできない。 |
| 相続時の加算期間 | 相続開始前7年以内に贈与された財産が相続財産に加算される(生前贈与加算)。改正前は3年以内。 | 相続時精算課税を選択した年以降の贈与財産は、基礎控除(110万円)を超えた部分すべてが相続財産に加算される。110万円までの基礎控除部分は加算不要。 |
| 相続時に加算される贈与額 | 延長された4年間(相続開始前3年超7年以内)の贈与は、総額100万円まで加算対象外となる。加算対象者は「相続または遺贈により財産を取得した者」に限定されるため、遺産相続に関係しない孫等への贈与は持ち戻し不要。 | 贈与時の評価額が相続時に加算される。 |
| 贈与税額控除・還付 | 既に支払った贈与税額は控除できるが、還付はできない。 | 既に支払った贈与税は控除され、控除しきれない金額は還付される。 |
| 物納 | 7年加算財産は物納の対象となる。 | 物納の対象とならない。 |
| 小規模宅地等の特例 | 適用不可。 | 適用不可。 |
| 災害による損害の再計算 | 再計算不可。 | 減額再計算可能(2024年1月1日以降に生じた災害から適用)。 |
| 相続株式の自己株式取得のみなし配当不適用 | 適用可能。 | 適用可能。 |
| 相続税の取得費加算 | 適用可能。 | 適用可能。 |
| 申告内容の開示制度 | 相続開始前7年以内の贈与は、相続税法89条の開示対象となる。7年経過すれば開示対象とならない(不動産の贈与では登記履歴が残る)。 | 相続時精算課税適用分は、相続税法89条の開示対象となる。 |
| 適した財産 | 現預金、株式(上場・非上場)、不動産の持分贈与、同族会社への貸付金など、繰り返し贈与を行うのに適した財産。 | 将来的に価値が上がりそうな財産や、賃貸料など収入を多く得られる財産。まとまった資金を贈与したい場合。 |
| 主なメリット |
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| 主なデメリット |
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3. 計画的な生前贈与のための重要事項と注意点
相続や贈与に関する税法は複雑であり、個々の財産状況や家族構成によって最適な対策は異なります。
誤った理解や手続きは、節税効果を失わせたり、予期せぬトラブルを引き起こしたりする可能性があります。
1. 贈与の成立要件と証拠の確保
- 意思表示の合意: 贈与は、財産を「あげる(贈与者)」という意思と「もらう(受贈者)」という意思の双方が合致して初めて成立します。
- 名義預金対策: 親が子名義の口座に資金を入金しても、子が贈与されたことを知らず、自由に管理・引き出しできない状態であれば、「名義預金」とみなされ、相続税の課税対象となる可能性があります。受贈者が口座を管理し、自由に使える状態にすることが重要です。
- 定期贈与対策: 毎年同じ時期に同じ金額を贈与していると、「定期贈与」とみなされ、総額に対して贈与税が課されるリスクがあります。毎年贈与額や日付を変える、またはあえて110万円以上の少額の贈与をして贈与税を申告・納税することで、定期贈与と判断されるリスクを減らせます。
- 贈与契約書の作成: 贈与の事実を明確にし、税務調査対策や将来の相続人とのトラブル防止のために、贈与の都度、贈与契約書を作成することが強く推奨されます。
- 記載すべき事項には、贈与の時期、贈与者・受贈者の情報、贈与財産の内容、贈与の方法などが含まれます。
- 書式や手書きかパソコンかは問われませんが、署名は手書きとし、印鑑は実印の使用が推奨されます。
- 2通作成し、贈与者と受贈者がそれぞれ保管します。
- 現金の贈与は銀行振込で行うと客観的な記録が残ります。
- 公正証書にすることで、さらに法的効力と証拠力を高めることができます。
- 未成年者への贈与の場合は、親権者の同意と署名・捺印が必要です。
2. 非課税贈与の活用
相続税対策には、以下の非課税特例や制度の活用も有効です。
- 生命保険金の非課税枠: 法定相続人の数に500万円を乗じた金額までの死亡保険金は非課税となります。節税効果を最大化するため、死亡保険金の受取人は配偶者ではなく、子にするのがセオリーとされています。
- 墓地や仏具などの購入: 日常礼拝に用いる墓地、墓石、仏壇、仏具などは相続税の非課税財産です。現金で購入することで相続財産を減らすことができます(ただし、骨董的価値があるなど投資の対象となるものは課税対象)。
- 住宅取得等資金の贈与の特例: 父母や祖父母などの直系尊属から住宅の新築・取得・増改築のための資金を贈与する場合、一定金額(一般住宅500万円、質の高い住宅1,000万円など、年によって金額が変動)まで贈与税が非課税となる制度です。この特例による贈与は、贈与者の死亡時に相続財産に持ち戻されません。
- 教育資金・結婚・子育て資金の一括贈与の特例: 教育資金は最大1,500万円、結婚・子育て資金は最大1,000万円までが非課税となります。ただし、使い残しがあった場合や受贈者の年齢など、条件によっては相続税や贈与税の課税対象となるため注意が必要です。
- 生活費や教育費の都度贈与: 扶養義務者間で、社会通念上必要な範囲内でその都度行われる生活費や教育費の援助は非課税となります。まとめて贈与する場合は課税対象となる可能性があります。
3. 二次相続への配慮
一次相続だけでなく、配偶者が亡くなった際の二次相続まで見据えた遺産分割を検討することが重要です。配偶者の税額軽減を多く使うと、二次相続の税額が増えるケースがあるため、総合的な税負担を考慮する必要があります。
4. 相続人間のトラブル防止
- 特別受益の持ち戻し: 特定の相続人への多額の生前贈与は、他の相続人から「特別受益」として、遺産分割時に持ち戻しを求められ、トラブルの原因となる可能性があります。贈与者が「持ち戻し免除の意思表示」をすることで、これを回避できますが、書面で明確に残すことが重要です。
- 遺留分への配慮: 財産のほとんどを特定の者に生前贈与した場合、他の相続人(兄弟姉妹・甥姪を除く)から、最低限の相続分である「遺留分」を請求される可能性があります。遺留分侵害額は金銭で支払うことが原則であるため、急な多額の現金準備が必要になることもあります。遺留分は完全に防ぐ対策はないため、他の相続人の遺留分に配慮した贈与計画が不可欠です。
4. 専門家への相談
相続や贈与に関する税法は複雑であり、個々の財産状況や家族構成によって最適な対策は異なります。誤った理解や手続きは、節税効果を失わせたり、予期せぬトラブルを引き起こしたりする可能性があります。
そのため、税理士のような税務の専門家への相談が最も適しています。税理士は、財産の評価から贈与税・相続税をトータルで考慮した節税策の提案、各種控除や特例の活用アドバイス、贈与税の申告代行まで幅広くサポートしてくれます。初回無料相談を提供している事務所も多くありますので、気軽に相談することをお勧めします。
また、トラブル回避の観点からは弁護士、不動産登記については司法書士も選択肢となりえます。行政書士は贈与契約書の作成のみを依頼したい場合に相談できる専門家です。
計画的な生前贈与は、親の老後の生活の質を確保しつつ、税負担を抑え、円満な資産承継を実現するための重要なステップと言えるでしょう。

