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交際費の判断は難しい?税理士が解説する萬有製薬事件


税務の世界では、日々の取引における経費が「交際費等」に該当するかどうかの判断に頭を悩ませることが少なくありません。

法人税では、「交際費の損金不算入」という制度があり、大企業については原則として交際費は損金不算入、つまり税務上は経費として認められないことになっています。

そのため、交際費に該当するかどうかは中堅企業や大企業の経理担当者にとっては大事な判断となるわけです。

ちなみに中小企業では上限付きの損金算入が認められていますが、通常の中小企業はこの上限を上回ることは少ないはずです。

その判断基準は時代や社会情勢によって変化し、時には同じ事実でも裁判所の判断が分かれることがあります。

今回は、そんな交際費の判断において、非常に有名な判例である「萬有製薬事件」を取り上げます。

この事件は、地方裁判所と高等裁判所でまったく逆の判決が出されたことで、税務関係者の間で大きな議論を呼びました。この事例を通じて、交際費の判断基準における奥深さを探っていきましょう。

事件の概要:英文添削サービスをめぐる税務上の争い

この事件は、医薬品の製造販売を行う萬有製薬株式会社(以下、原告)が、取引先の病院に所属する医学研究者向けに、英文論文の添削サービスを提供したことから始まります。

原告は、このサービスを外部の業者に委託していましたが、研究者から受け取る料金(1件あたり1,500円から3,500円)よりも、業者に支払う外注費(1件あたり約7,000円から10,000円)が著しく高かったのです。

国税当局は、この差額が「得意先その他事業に関係のある者」に対する経済的利益の供与、すなわち「交際費等」に該当すると判断しました。

これに対し、原告は「この支出は、日本の医学界の発展を目的としたものであり、交際費ではなく寄附金に該当する」と主張し、国税当局が行った法人税の更正処分の取り消しを求めて提訴しました。

主な争点は以下の2点でした。

  1. 英文添削サービスの利用者は「事業に関係のある者」に該当するか?
  2. この差額負担は、取引を円滑にする目的の「接待等」に当たるのか?

地方裁判所の判決:交際費と認定、納税者敗訴

第一審である東京地方裁判所は、国税当局の主張を認め、原告の請求を棄却しました。

これにより、税務署による更正処分は適法であると判断されました。

地裁の判断は、交際費の判断において、当時一般的に理解している基準に沿ったものでした。

「事業に関係のある者」の範囲

英文添削を依頼した研究者は、個々の医師としては医薬品の購入決定権限がない場合であっても、所属する病院等が原告の取引先であるため、全体として「事業に関係のある者」に該当すると判断しました。

「接待等」の目的

英文添削の差額負担は、取引関係を円滑に進める目的で行われたと認定しました。

さらに重要なのは、相手方が利益を受けたと認識しているかという客観的状況は、交際費と判断するための必須要件ではないと述べた点です。

つまり、たとえ相手が意図せずとも、その支出が接待の性質を持つものであれば交際費になる、という厳しい見方を示したのです。

この判決は、事業と関係のある者に金銭的な利益を与えれば、その意図や相手方の認識に関わらず交際費となりうる、という解釈を確立する可能性を示唆したため、税務業界に大きな衝撃を与えました。

高等裁判所の逆転判決:交際費ではない、納税者勝訴

しかし、物語はここで終わりません。原告は地裁判決を不服として控訴し、第二審である東京高等裁判所で審理が行われました。

そして、高裁は地裁の判決を覆し、納税者側の勝訴という全く異なる結論を出したのです。

高裁は、地裁と同様に「事業に関係のある者」に該当する可能性は否定できないとしつつも、その後の「交際費」に該当するかどうかの判断において、より本質的かつ詳細な検討を行いました。

特に、交際費の要件を「支出の相手方」「支出の目的」「行為の形態」という3つの要素(3要件)に分解して、一つ一つ丁寧に判断しました。

「行為の形態」の判断が重要

高裁は、交際費等の支出に該当する行為は、「相手方の快楽追求欲、金銭や物品の所有欲、名誉欲を満たすような行為」であるべき、という独自の基準を示しました。

その上で、本件の英文添削サービスは、相手方の「学問上の成果、貢献に対する寄与」という性質が強いものであり、通常の接待行為とは異質なものだと判断しました。

さらに、差額負担について、研究者らが明確に利得を認識しているわけではないことから、金銭の贈答に準ずるものとは考えられないとしました。

「支出の目的」の判断

英文添削サービスは、若手研究者の論文発表を支援し、日本の医学界の発展に寄与するという「学術奨励」が主たる目的であったと認定しました。取引関係を円滑にする意図があったとしても、それが主たる動機であったとは認められないとしました。

これらの理由から、高裁は「英文添削の差額負担は、接待等を意図して行われたものとは認められない」と結論付け、交際費には該当しない、と判断しました。

この判例から学ぶ税務の着眼点

この萬有製薬事件の判例は、私たち税理士にとって、交際費の判断がいかに奥深いものであるかを示しています。

単に金額や相手方、取引関係の有無だけで判断するのではなく、「その支出がどのような性質を持ち、どのような効果を意図したものなのか」という本質的な部分を深く掘り下げて考えることの重要性を教えてくれます。

この判例が示す重要なポイントは以下の通りです。

支出の性質を多角的に分析する: 支出の金額だけでなく、その「目的」や「行為の形態」、さらには「相手方がどのように受け止めたか」といった客観的な事実を総合的に判断することが不可欠です。

本件では、「学術奨励」という性質が、地裁の判断を覆す大きな要因となりました。

相手方の認識も地裁が不要とした「相手方の認識」について、高裁は「利得の認識がない場合は金銭の贈答に準じない」として、判断の重要な要素としました。

これは、支出が取引誘引を目的とした「接待」であるか否かを判断する上で重要な要素となります。

交際費の判断に迷った際には、この判例を参考に、「その支出は、相手方のどのような欲求を満たし、どのような効果を意図したものなのか」という本質的な問いを立てることが大切です。

 

 

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