
日本のファミリービジネスや中小企業の経営権のバトンタッチにおいて、極めて大きな影響を与える「歴史的な大改革の足音」についてお話しします。
2026年4月、国税庁は「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」を立ち上げ、非上場株式の相続税評価制度の見直しに向けた本格的な議論を開始しました。これは、これまでの事業承継スキームや自社株対策の前提を根本から覆す可能性を秘めた動きです。
「うちはまだ先の話だから」「うちは零細企業だから関係ない」と思われている方もいらっしゃるかもしれませんが、決して他人事ではありません。今回は、このニュースの背景、具体的な見直しの方向性、そして私たち実務家や経営者が今から備えておくべきポイントについて、分かりやすく解説いたします。
1. なぜ今、非上場株式の評価が見直されるのか?
私たちの身の回りにある多くの中小企業は「非上場企業」であり、その株式には上場株式のような日々の「取引相場」が存在しません。
そのため、相続や贈与の際には、国税庁が定めた「財産評価基本通達(評価通達)」に則って、形式的にその価値(税務上の時価)を計算することになっています。
しかし、この現行のルールに対して、会計検査院などから非常に厳しい指摘が入りました。主な問題意識は以下の3点に集約されます。
① 評価方式ごとの「大きな乖離」と不公平感
現行のルールでは、会社の規模や業種、株主のステータスに応じて「類似業種比準方式」「純資産価額方式」「配当還元方式」といった異なる計算方法を組み合わせて評価額を算出します。
しかし、同じ会社であっても、どの評価方式を適用するかによって評価額に数倍から十数倍もの大きな開きが生じることがあります。これが「課税の公平性」の観点から問題視されています。
② 時代遅れとなった「配当還元方式」の還元率
特に少数株主が取得した株式の評価に用いられる「配当還元方式」は、配当金額を「10%」の還元率で割り戻して元本を逆算する仕組みになっています。
しかし、この「10%」という数字は、なんと昭和39年(1964年)の制度制定以来、一度も変更されていません。現在の超低金利環境や経済実態と大きく乖離しているため、見直しのメスが入ることとなりました。
③ 「総則6項(伝家の宝刀)」の頻発と予測可能性の低下
近年、通達の文言を形式的にクリアして評価額を極端に引き下げるようなタックスプランニングに対し、国税庁が「総則6項」という包括的な否認規定を使って、通達を適用せずに独自の時価で課税する事例が増加しています(令和4年の最高裁判決などが有名です)。
しかし、これでは「どこまでが合法な節税で、どこからが否認されるのか」という納税者側の予測可能性が著しく低下してしまいます。通達そのものを時代に合わせることで、この不確実性を解消しようという狙いがあります。
2. 有識者会議で議論されている「4つの視点」と見直しの方向性
国税庁の有識者会議では、単に計算式を少し変えるだけでなく、より本質的な観点から非上場株式の評価のあり方が議論されています。具体的には、以下の4つの視点が示されています。
① 評価方式間のバランスの是正
会社規模や評価方式の違いによる評価額の不均衡をなくし、誰が見ても納得感のある公平な課税水準を目指します。
② 恣意的な引き下げの抑制
株主構成の操作、恣意的な利益の圧縮、法人の組織再編などを駆使した「意図的な自社株評価の引き下げ行為」を封じ込める方向です。
③ 現代の企業評価実務の反映
現代のファイナンス理論や、実際のM&Aなどで使われる企業価値評価手法(収益力や将来性の考慮)の知見を税務評価にどう取り入れるかが議論されています。
④ 第三者承継への配慮
親族内承継だけでなく、近年急増している「親族外への第三者承継(M&A)」の実態に即した評価の接続性を確保します。
このように、従来の「過去の純資産や業績だけを見る」という画一的なアプローチから、より実態に即した企業価値を反映させる方向へと舵が切られようとしています。
3. 今後のスケジュール予測:私たちはいつまでに動くべきか?
ここで気になるのが、「この改正はいつから適用されるのか?」というタイムラインです。
過去の類似の大型改正(タワーマンション節税の見直しなど)のスケジュール感を考慮すると、以下のような流れが予測されています。
- 2026年中: 有識者会議による議論の継続、骨子や報告書のまとめ
- 2026年12月(または2027年12月): 「税制改正大綱」への盛り込み
- 2027年〜: パブリックコメントの実施、財産評価基本通達の改正案公表
- 2028年1月〜(予測): 改正後の新ルールによる評価・課税の開始
つまり、私たちに残された「現行ルールが使える期間」は、あと1年半から2年程度である可能性が高いと言えます。決して時間の猶予は多くありません。
4. 経営者・オーナーの皆様の実務における4つの影響とリスク
この見直しが実現した場合、中小企業の現場には具体的にどのような影響が出るのでしょうか。特に重要な4つのリスクを解説します。
リスク①:自社株の評価額が跳ね上がり、相続税・贈与税が激増する
これまで、類似業種比準方式や配当還元方式などを活用し、本来の解散価値(純資産)よりも低い水準に自社株評価を抑えていた企業の場合、見直しによって評価額が適正化(=上昇)する可能性が非常に高いです。これにより、次世代に株式を移転する際の贈与税や、万が一の際の相続税負担が想定外に重くなる恐れがあります。
リスク②:これまでの「事業承継プラン」が白紙撤回になる
「数年かけて毎年少しずつ贈与していく」「持株会社を設立して株式を集約する」といった、中長期的な事業承継計画をすでに実行されている方も多いと思います。
しかし、計画の途中でルールが大きく変わってしまえば、後半のシミュレーションが全く成り立たなくなります。プラン全体の根本的な見直しを余儀なくされる可能性があります。
リスク③:親族間や社内での「株式売買の時価」への波及効果
税務上の非上場株式の評価額は、相続・贈与だけでなく、「オーナーから後継者への売買」「役員持株会への拠出」「M&Aにおけるグループ内再編」といった、日常的な売買実務の「適正時価」としても広く使われています。
ルールが変われば、これらの取引価格そのものを変更しなければならず、会社法や法務面での手続き(議事録の整備、契約書の再締結など)にも多大な影響を及ぼします。
リスク④:「形式的な節税」に対する税務署のチェックがさらに厳格化
有識者会議では「恣意的な引き下げの抑制」が明言されています。改正後は、単に通達の計算式に当てはめて安くなったからといって安心はできません。
その取引や組織再編に「ビジネス上のまっとうな理由(経済合理性)」があるかどうかが厳しく見られます。理由が乏しい場合は、改正後も「総則6項」などで否認されるリスクが残ります。
5. 今すぐ始めるべき「3つの具体的なアクションプラン」
では、この大改正の足音が聞こえる中で、私たちは手をこまねいているしかないのでしょうか? 答えは「NO」です。
今だからこそできる、そしてすべき対策が3つあります。
【対策1】月次決算を通じて、自社株の「最新の評価額」を正確に把握する
まずは敵を知り己を知ることから始まります。直近の決算書をベースに、現在のルールで自社株がいくらになっているのか、そしてそれがどのような要素(利益が多いのか、資産に含み益があるのかなど)で構成されているのかを正確に算出しましょう。
【対策2】「経済合理性」を証明するための経営法務ドキュメントを整備する
今後実行する、あるいは過去に実行した自社株対策や組織再編について、「なぜそれを行ったのか」という目的(経営権の安定、事業の多角化、雇用の確保など)を明確にし、株主総会議事録、取締役会議事録、契約書などの形で確実に残しておく必要があります。
税務的なメリットだけでなく、経営法務的な観点(エビデンスの整備)からのアプローチが、将来の税務リスクをヘッジする最強の盾になります。
【対策3】「事業承継税制(特例措置)」の活用を再検討する
株式の評価額が上がってしまう場合の強力な救済策として、国が用意している「事業承継税制(贈与税・相続税の納税猶予制度)」があります。
改正によって自社株が高くなるのであれば、これまで「手続きや維持要件が煩雑だから」と敬遠していた企業も、この特例の活用を真剣に検討せざるを得なくなるでしょう。新ルールの適用を想定した上で、納税猶予を使うべきかどうかのシナリオを今から走らせておくべきです。



