令和4年8月に行われた事業所得と雑所得の区分の明確化に関するパブリックコメントの募集は、7000件を超える意見が寄せられることになり、結果的に国税庁は大幅に内容を修正したうえで所得税基本通達の変更を行いました。
今回は通達の改正ですから、あくまでも国税庁内部の取り扱いの変更についての議論ですが、実質的には実務上の拘束力をもつルールとなり、税務署職員や税理士、納税者に至るまで影響を受けることになります。
事業所得か雑所得かどうかの判断基準
事業所得か雑所得かどうかの判断はその規模感によって行われます。
いわゆる事業的規模か、業務的規模か、という判断です。
事業的とか業務的とか、日本語としては同じようなものなのですが、所得税の世界では「事業的規模」、「業務的規模」という用語でいわれており、それぞれの規模で処理が微妙に異なります。
そして、事業的規模であれば「事業所得」となり、それ以外の業務的規模であれば「雑所得」に分類されることになっています。
事業所得であればできることがいくつかありますが、その最大のものは損益通算です。
事業所得で生じた赤字は給与所得との相殺が可能となるため、副業で赤字を作っておいて、本業である給料と相殺して還付を受ける、という節税方法があるのですが、こういった節税手法は国税庁としては面白くないというのが、前提としてあったわけです。
この副業で赤字を作る節税手法に待ったをかけるために、国税当局は8月にパブリックコメントを募集しました。パブリックコメントで改正案として意見を求めた「事業所得」となるかどうかの注意書きの内容を巡って、今回の騒動になっていたわけです。
改正通達案と実際に改正された内容の違い
改正通達によって加えられた内容は次のものです。
【パブコメ(改正案)の内容】
事業所得と業務に係る雑所得の判定は、その所得を得るための活動が、社会通念上事業と称するに至る程度で行っているかどうかで判定するのであるが、その所得がその者の主たる所得でなく、かつ、その所得に係る収入金額が300万円を超えない場合には、特に反証のない限り、業務に係る雑所得と取り扱って差し支えない。
【改正通達の内容】
事業所得と認められるかどうかは、その所得を得るための活動が、社会通念上事業と称するに至る程度で行っているかどうかで判定する。
なお、その所得に係る取引を記録した帳簿書類の保存がない場合(その所得に係る収入金額が300万円を超え、かつ、事業所得と認められる事実がある場合を除く。)には、業務に係る雑所得(資産(山林を除く。)の譲渡から生ずる所得については、譲渡所得又はその他雑所得)に該当することに留意する。
判断基準はあくまでも社会通念上どうなのか、という話
いずれの内容でも大前提としてでていることは、「社会通念上事業と称するに至る程度なのかどうか」という話です。
ただ、この社会通念上、という基準は非常に曖昧な感じがしますよね。いわゆる不確定な基準です。
そこで、改正通達の解説でも、最高裁の昭和56年4月24日判決(いわゆる弁護士顧問料事件)を引用して、
「事業所得とは、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反復継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務から生ずる所得」
と紹介しています。金子宏の租税法でも同様に紹介されているようです。
また、東京地判昭和48年7月18日で判示された、
「いわゆる事業にあたるかどうかは、結局、一般社会通念によって決めるほかないが、これを決めるにあたっては営利性・有償性の有無、継続性・反復性の有無、自己の危険と計算における企画遂行性の有無、その取引に費した精神的あるいは肉体的労力の程度、人的・物的設備の有無、その取引の目的、その者の職歴・社会的地位・生活状況などの諸点が検討されるべきである」
ということを総合的に判断すべき、、ということとしています。
ここまでは従来通りの考え方ですが、今回は現場が混乱しないように、ある程度の目安をつくりましょう、という話でした。
その目安をパブコメの段階では収入が300万円という線を引いたわけなのですが、今回の改正通達では帳簿の有無も基準にしましょうということになりました。
社会通念上、事業的規模と考えられるラインをどう引くか、ということに対して、帳簿の有無と収入300万円の二段構えとしたわけです。
まず事業的規模=事業所得になるケースは、帳簿書類がある場合には300万円の基準に関係なく事業的規模と判断し、帳簿がない場合でも収入が300万円を超える場合は事業的規模となります。
逆にいうと業務的規模=雑所得となるケースは、帳簿書類がなくて、かつ収入が300万円以下の場合になるということになります。
ただし、これだとざっくりしすぎているためか、逆手に取る人もでてきそうです。
そのため、帳簿書類がある場合でも個別に判断が必要すべきものとして通達解説として2つあげています。
① その所得の収入金額が僅少と認められる場合
例えば、その所得の収入金額が、例年、300万円以下で主たる収入に対する割合が10%未満の場合は、「僅少と認められる場合」に該当すると考えられます。
※「例年」とは、概ね3年程度の期間をいいます。② その所得を得る活動に営利性が認められない場合
その所得が例年赤字で、かつ、赤字を解消するための取組を実施していない場合は、「営利性が認められない場合」に該当すると考えられます
※「赤字を解消するための取組を実施していない」とは、収入を増加させる、あるいは所得を黒字にするための営業活動等を実施していない場合をいいます。
①については、例えば給与が1000万円で副業収入が50万円の場合などが想定されます。同じ収入でも本業の収入によっては個別に判断して、否認される可能性もある、という一種の歯止めを置いています。
②については、赤字が続いているのに黒字化するための努力をしていない場合です。
金額基準がないのですが、副業なのか趣味なのかわからない活動で生じた赤字と給与所得などの損益通算を認めたくないという趣旨と思います。
確かに趣味に近い副業で赤字だけど続けている人もいると思います。そういうのはダメという歯止めを置いているということでしょう。
節税は社会通念上おかしくないレベルでやりましょう、という話
今回の通達改正は、度を越えるような節税スキームに一定の歯止めをかけることと、現場の調査官や税務署員が判断しやすいルール作りをしたいということだと思います。
税務署の調査官や税務署員のレベル感がよくわからないところではありますが、ある程度はルールを明確化したいというところでしょう。
でも、法律だし税法なのだから基本的には数字の基準ははっきりとは書かれていませんし、不確定要素は多い法律ですよね。
細かくルールを作りこみ過ぎるのもいかがなものなのかな・・・と個人的には思います。
300万円でも、帳簿書類があるかないかでもどうでもいいのですが、やっぱり変な節税スキームが横行して振り回されるのも実務家として迷惑だし、判断に迷うようなレベルのものは仕方ないにしても、数字や基準が独り歩きしてイタチごっこが続くのも問題があります。
多様化の時代ですから、「社会通念」は揺らぎがちです。こういった時代なので白黒はっきりさせて線をピシッと引くのがいいのか、多様化の時代だからこそ、変な線引きをせずに曖昧な基準は曖昧なままでよいと考えるのがいいのか、というのは難しい話です。
自分としては、白黒はっきりするような社会は生きづらい気がしてなりませんね。