相続対策に関わっている人間にとって令和5年度税制改正大綱での目玉の改正は、相続税と贈与税の一体課税の話題でしょう。
今回は、生前贈与の相続時加算の制度変更について、紹介したいと思います。
資産移転の時期の選択により中立的な税制の構築を目指して
令和3年度税制改正大綱、令和4年度税制改正大綱において登場したこの言葉ですが、令和5年度税制改正でやっと形になる感じです。
実際には令和6年1月1日以後に贈与により取得する財産に係る相続税の持ち戻しについて適用されます。
暦年贈与の生前贈与加算は相続前7年間に延長
令和3年度税制改正大綱で予告された相続税と贈与税の一体化の議論で、「暦年贈与がなくなるかもしれない」、という話が税理士業界では囁かれていました。
実際にはそういった話にはならずに、生前贈与加算の期間を現行の相続開始前3年という制限から7年に延長することになりました。
また、延長したこの4年間の贈与については合計で100万円までは相続財産に加算しないこととなっています。まあ、年間平均すると25万円ですがね。
この改正についてどう対処するか、ですが、今までどおりの対策を続けるしかないというところ。同じ年でもなるべく早い時期に贈与することをおすすめすることくらいでしょうか。
生前対策についてよりも、大事になりそうなのは相続が発生した後での生前贈与の把握になるでしょうか。
今までは亡くなる以前5年程度の預金を確認して、生前贈与があるかどうかの確認をしていたのですが、今後は7年間~10年くらいは確認が必要となりそうです。
被相続人が預金通帳をしっかり保存してもらうように伝えるのも大事かもしれません。
また、推定相続人など生前贈与加算の対象となりそうな人とは別の人、例えば「孫」に贈与するというのも今まで以上に重要になりそうです。
相続時精算課税制度の使い勝手の向上
相続時精算課税は生前贈与した贈与額について、贈与した時点では一定額(累計で2500万円)までは課税せずに、相続時点で相続財産に加算して相続税を計算する仕組みです。
上記の生前贈与加算と似ていますが、異なるところは相続時精算課税では一度選択をするとその年からの贈与は全て相続税の持ち戻し対象となることです。
制度ができたときは「非課税」となる生前贈与ということで話題になりましたが、実際は「課税の繰り延べ」でしかないため、徐々に下火になってきました。
当時は基礎控除も大きかったので、相続時に生前贈与分を持ち戻しても基礎控除以下になって税金かからなければオッケー、、的な雰囲気だった感じがします。
平成27年から基礎控除が下がって、従来であれば相続税がかからなかった財産の方にも相続税がかかるようになりました。
もはや相続時精算課税は非課税での贈与ではなく、先送りするだけの制度になってしまったため、なんとかテコ入れしないと存在価値がなくなってしまうじゃん、という話だったわけです。
それでは、どうしてこんなにも影が薄い制度になってしまったのか、、その辺の原因を考えてみましょう。
改正前の相続時精算課税のデメリット
改正前の相続時精算課税の問題点、ボトルネックはなんだったのか。
- 一度でも精算課税を選択をすると暦年課税に戻れない
- 翌年以降は少額の贈与でも贈与税の申告が必要となる
- 精算課税贈与を受けた部分について小規模宅地等の特例は適用できない
- 相続時点で評価額が大幅に下がっていても贈与時点の評価で計算される
令和5年度税制改正での改善点
上記のボトルネックが今回の税制改正で多少改善されています。
相続時精算課税贈与でも基礎控除が使えるようになる
相続時精算課税適用者は特定贈与者から贈与により取得した財産に係る年分の贈与については、現行の基礎控除とは別に基礎控除110万円を控除することが可能になります。
大事なのは、別枠で使えるというところですね。
また、相続時点で加算される財産についてもこの基礎控除額分は加算額から控除することができます。
両親から同時に贈与を受ける場合を考えてみましょう。
仮に父からは相続時精算課税贈与を100万円、母からは暦年課税贈与を100万円の合計200万円の贈与を受けるとしましょう。
父からの分は相続時精算課税分で110万円の基礎控除を受けて、母からの分は暦年課税分でも110万円の基礎控除を受けることで、基礎控除以下に収まるため贈与税の負担はありません。
贈与税については暦年課税では不要ですが、相続時精算課税についても不要になるのかもしれませんね。そうなると、相続時精算課税を選択すると翌年からは少額でも申告が必要となるというボトルネックが解消されます。
しかも、この2年後に両親が立て続けに死亡した場合、相続税の加算額はどうなるのか?
父からの生前課税贈与の基礎控除は持ち戻しはありません。母からの暦年贈与課税の基礎控除は持ち戻しがあります。
こうなると、、相続直前のケースでは、暦年贈与課税よりも相続時精算課税のほうが節税になる、、、という話ですね。
災害で一定の被害を受けた場合、土地又は家屋の評価が下がる
相続時精算課税贈与を受けた一定の土地又は建物が火事や水害、津波などで被害を受けた場合でも、相続時に持ち戻す加算額は贈与時の価格で固定されます。
この評価額の固定が相続時精算課税のボトルネックなわけでした。
土地や建物であれば火事や水害、津波などで甚大な被害を受けた場合でも贈与時の評価で固定されてしまうと、相続時の時価よりも相続税額が大きくなることもありえます。
今回の改正では、災害に限った話ではありますが、贈与時の価額から災害で被害を受けた部分に相当する部分を控除することができるようになります。
ただし、この控除する被害額をどうやって算定するのか、保険金を受け取った場合でも満額控除できるのか、、など詳細が定かではない部分も多い感じがします。
解消されていない問題点は?
今回の改正で多少は解消されていますが、まだまだ解消されていない問題点もあります。
小規模宅地等の特例が適用できない
まず、小規模宅地等の特例は解消されていません。
小規模宅地等の特例のうち特定居住用宅地であれば被相続人の自宅を配偶者や同居の親族に相続する場合に税金を抑えることができるという効果があります。
人生100年時代ですが、相続まで待たないと自宅を承継できない、というのは時代の要請にこたえられていない感じがします。
今後の改正で生前贈与で引き継いだ場合でも小規模宅地等の特例が認められれば、より使い勝手がよくなりそうです。
自社株の評価が著しく下がったときの評価減ができない
今回、災害時に限って土地・建物の評価替えが認められますが、それ以外については対象となりません。
事業承継のテーマで考えると、自社株の問題がはずせません。
相続時精算課税を使うと、自社株の評価も贈与時で固定されますが、万が一でも経営が傾いて評価額が低くなった場合を考えるとリスクが非常に高い贈与となってしまいます。
そのため、自社株については実際に相続時精算課税で贈与することは少ないのです。
相続時精算課税で自社株の評価替えが認められたら、使い勝手が非常によくなるのですが・・・
まずは事業承継税制を使えってことなのでしょうね。